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とーちゃんの話

3月です
春も近いとは言ってもすごい大雪で、お亡くなりになられる方が何人も…
なんという異常気象でしょうか。

しかし3月といえばそろそろ暖かくなり、春を感じる日も増え、卒業で巣立っていく人達もあり
花も咲き始め、やはりなんとなく華やいだ気持ちになる時期ですね。


そういやあ、実父が入院したのもこの時期

9年前の今頃でしたっけ。
その3年前に癌が見つかり、手術をし一ヶ月ほどで退院したあとしばらくは治ってしまったのかというほど
元気に過ごしていました。
趣味の釣りやゴルフを楽しみ、弟のところに生まれた初孫をベタベタに可愛がり
元気になった父を見て、本当に元気になってよかったと思ったものでした。

この時、術前の医師からの話では、手術はしても余命は一年もないようなことを聞いていたので
元気に3年目を迎えたときは、正直このままいける!なんて思ったものでしたが…

これより五ヶ月前の前年の秋に、父が母と予定していた旅行を体調不良で取りやめ、代わりに私が母に同行して
図らずも久しぶりの母娘旅行をすることに。
と言ってもそこまで深刻な病状だと思ってなかったので、特に母に詳しく聞くこともなく旅行を楽しんで来たのでした。

そして年末になり、弟一家が帰郷し、皆で買い物に出かけた時に1歳になる前の甥っ子を抱っこしていた父が
「おい、お父さん疲れたでyukipoo抱っこ代わってれんか?」
と言いました。いつもなら頼んでも甥っ子を独り占めして代わってくれもしなかった(笑)くせに…
おかしいな…と思ったものでした。

年が明け、甥っ子のお誕生日の2月の初めにかなり具合が悪かったらしく
なんとか大阪まで行き、お祝いをして帰ってきてからはずっと具合が悪かったようで。

バレンタインはいつもは買って済ませるのに何を思ったか、私は手作りのブラウニーを作り、父の元に届けました
そこまで具合が悪いとは知らなかったため
「お父さん、作ってみたの食べてみ」
と薦めて、一口だけ食べて
「うまいな。ありがとう」
と喜んでたっけ。すぐ食べるのをやめてしまったけれど元々甘いものは食べない人だったので
別段おかしいとは思わず。

もうこの時期は殆ど食べられない状態だったらしいです。
食べても吐いてしまうという、いわゆる腸閉塞のような状態。

それで3月になりいよいよ入院することになり、家族が医師のもとの呼ばれ父の病状について説明を受けることに

そこで余命がもって3ヶ月ということを聞かされました

説明後父に会うのは辛かったので、そのまま夫とふたり帰宅することに、車に乗った途端大声を出して泣いたのを覚えています。

その後は毎日仕事帰りに父を見舞い、やがて大部屋から個室に移り
痛み止めによって朦朧とし、あれよあれよという間にあの威厳のあった父が弱っていくのを目の当たりにしました。
本当に辛かったけど、毎日世話をしに通っていた母はもっと辛かったろうし、弱っていく自分が父は悲しかっただろうな。

そして余命3ヶ月と言われたけれど、宣告されてから一ヶ月ほどで父は逝ってしまいました。

そんなことがあったりで3月はちょっぴりおセンチになってしまう季節なのです

ちなみに祖父も祖母も3月が命日という…
我が家の春はなんとも侘しい季節です(;_;)


おかーさんのおとーさんは、オレが小さい時に「おっ、これはいい猫やなー」てほめてくれたんだぜー

そうだったね。今のポンちゃんの立派な姿を見てもらいたかったよね。・゜・(ノД`)・゜・。
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コメント

>シュワルツ・カッツさん

お父様の命日はそろそろでしたっけ?
色々想う一年だったでしょう。

うちはまあ、一般的な家庭でしたが父はとても厳しくて、子供の頃はかなりの頻度で鉄拳制裁をくらってました。大きくなってからはないけどね。なのですごく父には苦手意識を抱いていました。恐いお父さんでしたから、あまり頼みごともしなかったし、極力関わらないようにしてました。
大人になり、ある事情で子供にああゆう接し方になった理由もわかるようになり、父の気持ちも理解できるようになりました。
その後晩年は打って変わって丸い人間になってきたおかげでなんとなく親しみやすいお父さんになってきて、色んなところにか出かけたりするようになった矢先に病気が発覚。
月並みながら親孝行したい時に親は無し、を実感しましたよ。
若い頃は何かと迷惑かけたから余計に。
そんなんで、この時期になると強くお父さんのことを想うわけです。
もうイイ年したおばちゃんになっても親のことを想うもんなんですね。
ま、せいぜい母には父の分までだいじにしてあげんとなと思う所存です。長文すまぬw

うちはややこしかったですよ…。何しろ27年前に別れているオヤジだったもので。後妻さんと微妙な関係にありました。かと言ってママにも相談できず。姉妹はてんでばらばらで音沙汰もなかったので、一人でウンウン悩んでおりました。
ほんで、私の手からは霊気というかハンドパワーみたいなもが出てて、調子がいいとオヤジの背中にあてがった手がホッカホカになる。しかし自分にも反動は返ってくるのであくる日オヤジのガンの霊気を吸い込んで寝込みます、まあ私がガンにならないだけマシだけど。
何回かお見舞いに行ってずっと霊気をあてがってました。
うちのおかんがこれできるんですよ、霊気を出すの。でも、おかんに比べたら私なんて微々たる力で…。それでも体があったかくなる、ほらみろ汗が出てきたとオヤジは喜んでくれたものです。
オヤジが亡くなってからはもうオヤジの家にも行ってないし店にも近づいていません。
最期の言葉は○○子、タバコやめろよー・・・だったな。
ま、やめる気はありませんが(笑)。

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Author:yukipoo
熟年夫婦(笑)と熟年猫(黒猫ポン)との生活

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